MM52 / 鬆山容子 Yôko Matsuyama 

鬆山容子 Yôko Matsuyama

又名: 田中曠子(舊姓:出井) 、 鬆山清子
女明星 , 年齡: 82 ( 星座: 射手座, 生肖: 牛 )
生日: 1937年11月30日 星期二
出生地: 日本,愛媛縣
性別: ,

個人簡介: 鬆山 容子(まつやま ようこ)日本における昭和期に活躍した女優。本名・田中 曠子(舊姓・出井)。舊芸名は鬆山清子。愛媛県鬆山市出身。1968年の「ボンカレー」(大塚食品)発売以來、長らくパッケージモデルを務め、CM、ホーロー看板でも知られる。愛媛県鬆山市で銀行を経営する名士の家に生まれる。愛媛県立鬆山南高等學校在學中、『アサヒグラフ』(1956年2月5日號)の表紙モデルを務めたのがきっかけで、鬆竹の役員の目にとまり、卒業と同時に鬆竹ニューフェイスとして入社。1957年6月4日公開の『勢揃い桃色禦殿』に新人女優・鬆山清子として、端役デビュー。11月19日公開の『侍ニッポン』で本格デビューを飾る。主に時代劇映畫で活躍する。1959年、芸名を鬆山容子に改名。1960年(昭和35年)、テレビドラマ『天馬天平』(日本電波映畫 / フジテレビ)で演じた、男裝で新撰組と闘う勤皇の姫君・千也姫役が評判となった。ちょうど『崑ちゃんのとんま天狗』(東寶 / 讀賣テレビ放送)の後番組の企畫を練っていたスポンサーの大塚製薬がこの人気に著目、この千也姫をモチーフとして、鬆山を主演に「男を淩ぐ剣の腕をもつ若武者姿の姫君」を主役にしたドラマ企畫を打診し、『琴姫七変化』(日本電波映畫 / 讀賣テレビ)が製作された。毎回若武者姿だけでなく、芸者、くノ一、鳥追い・・と、文字通り次々替わる「七変化ぶり」も相まって、番組は2年間にわたり継続され、その容姿と華麗な立ち回りから「アクション女優の先駆け」として人気を博す[1]。その後も『旅がらすくれないお仙』(東映京都テレビプロダクション / NET)などに主演。その他、舞台や映畫で活躍する。1971年(昭和46年)3月、『くれないお仙』や主演映畫『めくらのお市』シリーズ[2][3]の原作者である漫畫家、棚下照生と結婚。人気の絶頂期に芸能活動を縮小〜休止し、事実上の引退となった。ただし、その後も稀にドラマ等にゲスト出演することがある...